[ チルドリン vol.08 2006年発行より ]
ペットショップに出かける前に、知ってほしいことがあります。
各都道府県には、捨てられたり迷子になった犬を保護する施設があり、希望すれば、そこからかわいい子犬を譲り受けることができるということ。
保護された犬は、誰かに引き取られることを待っているということ。
そして、一定の保護期間を過ぎた犬は人間の手で「処分」されてしまうということを。
今回取材したのは、この事実を伝えるために活動している「ただのいぬ。プロジェクト」の服部貴康さんと小山奈々子さんです。
ふたりの活動を通じて、責任をもって動物を飼うことの大切さを、子どもと一緒に考えるきっかけにしてほしいと思いました。
『ただのいぬ。』という本があり ます。愛くるしい表情の子犬の写真と、せつなく綴られた短い詩で構成されたこの本は、単にかわいいだけの犬の写真集ではありません。この本の主人公は、捨 てられたり迷子になったりして「動物愛護センター」に保護された、家も名前もない「ただの犬」です。そして、希望すれば無料で譲り受けることができる「無 料の犬」でもあります。
この本を出版したフォトグラファーの服部貴康さんが「ただのいぬ」たちに初めて出会ったのは、週刊誌の取材で動物愛護センターを訪れたときのことでした。 保健所や役所を通じてここに集められた犬たちが、一定の保護期間を過ぎても飼い主や引き取り手が現れないと、各自治体の取り決めによって「処分」されてし まうという現実を、そのとき服部さんは目の当たりにしました。ある調査によれば、平成15年度に日本全国で処分された犬の数は約16万頭。1日あたり 450頭の犬が殺されている計算になるのだそうです。にわかには信じられない、そして信じたくない話だと思いますが、これがペットブームといわれている日 本のもうひとつの現状。見えない部分で起きている深刻な問題です。
「週刊誌にこの記事が掲載されたとき、異例の反響を呼びました。犬が処分されている施設は、実は無料で犬をもらえる施設でもあるというアプローチ方法がよ かったのかもしれません。これを見た出版社から声がかかり、書籍『ただのいぬ。』を発売することになったのです」と話す服部さんには、制作するにあたって 心強い仲間がいました。詩とデザインを担当したグラフィックデザイナーの小山奈々子さんです。
『ただの犬。』はかわいい犬の写真がカタログのように構成されていて、犬の背景にある残酷なシーンは一枚も掲載されていません。写真の隣に添えられている詩 も、直接、動物愛護を訴えかけるものではないのです。これが、この本に重要な意味を持たせる独自の視点でした。「動物愛護に特別関心がない大多数の人たち が本を手に取ってくれなければ、メッセージは伝わりません。先入観を持たずに読んでもらうためにはどうしたらいいのかを、服部さんと編集者の方と一生懸命 考えました。『助けようよ』と呼びかけても、人の心はなかなか動きません。最後に自分で考えて、『命って大切なんだ』『助けてあげたい』と感じるように なってもらわなければ意味がないですからね」(小山さん)
服部さんも小山さんも、それまでに動物愛護活動を積極的にしていたわけではありません。そういう第三者的な距離感を持って制作したからこそ、多くの人に共感してもらえたのではないかと、ふたりは考えています。
出版後の反響は驚くほどに大きく、世田谷区にある文化財団「生活工房」の支援を受けて展覧会も開催されました。小さな企画展にも関わらず、12日間での入 場者数は5000人以上。ぎっしり感想が書き込まれたアンケート用紙の回収率とともに、会場の過去最高の数字を記録したほどだそうです。
「私たちは譲渡犬の命を直接助けるのではなく、写真とデザインの力を使ってこの現実をより多くの人に知ってもらうことを目的としています。16万頭の犬が 処分されていることよりも、飼われていたはずの犬が施設に来てしまうことの方が重要な問題なのですから。展覧会場では親子連れも多く、特にお母さん方から の反響が多くありました。『子どもと一緒に見て話し合うことができた』とか『子どもが犬をもらいに行きたいと言うようになった』という嬉しい意見がたくさ ん寄せられたのです。最後まで犬を飼うという責任を、あらゆる世代のみなさんに再確認してもらいたいと思っています」(小山さん)
「保健所での取材中、『やっぱり飼えないから処分してください』と犬を連れてきていた女性がいました。大切なのは飼い主の責任感です。全国の飼い主が自分の犬 のリードを離さなければ、犬を処分する必要がなくなることをどうか忘れないでください。また、犬を殺しているという理由で施設の職員を非難する人もいます が、彼らは法律に基づいて我々の代わりに処理作業を行っているに過ぎません。彼らの多くが獣医師であり、『この現実をどうにかしなければ』と誰よりも心を 痛めていることを理解してほしいのです。もし家庭で犬を飼うことになったら、ペットショップ以外のところで引き取るということも選択肢に加えてみてくださ い。こういう出会い方で犬と暮らしていくことが、ひとつのライフスタイルになってほしい」と服部さんは希望しています。
『ただのいぬ。』は、本の枠を飛び出して「ただのいぬ。プロジェクト」になりました。今後も引き続き「生活工房」の支援を受けて、さまざまなアプローチ で活動を続けていきます。来年には小学校などの協力を得て、子どもたちにわかりやすく譲渡犬のことを伝える特別授業も計画しているとか。
「こんなにかわい い犬たちがなぜこういう施設にいるのか、そしてなぜ殺されてしまうのか。そういった命の意味を、子どもたちに考えてもらいたいのです。きちんとこの現実を知っていれば、たとえペットショップで犬を買ったとしても、その犬が施設にいかないような努力をしてくれるはず……。そうなれば僕らがやっているプロジェ クトの意味があると思っています」(服部さん)
責任をもって犬を最後まで飼うこと。これをあたりまえだと教えてあげられるママと、この感覚を自然に身につけて成長していく子どもたちが増えることを、私たち「チルドリン」も願っています。
各県が設置している動物愛護センターのリストです。
施設によって、譲渡条件や見学方法が異なる場合がありますので、このリストを参考に、問い合わせてみてください。
東京都動物愛護センター
東京都世田谷区八幡山2-9-11
03-3302-3567
www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/douso/
神奈川県動物愛護センター
神奈川県平塚市土屋401
0463-58-3411
埼玉県動物指導センター
(本所)埼玉県大里郡江南町坂井123
048-536-2465
(支所)埼玉県さいたま市桜区在家473
048-855-0484
千葉県動物愛護センター
(本所)千葉県富里市御料709-1
0476-93-5711
(支所)千葉県柏市高柳1018-6
04-7191-0050
群馬県保健福祉事務所
群馬県沼田市佐山町前久保261-1
0278-23-9359
栃木県動物愛護センター
栃木県宇都宮市今宮4-7-8
028-684-5458
茨城県動物指導センター
茨城県笠間市日沢47
0296-72-1200
静岡県動物管理指導センター
静岡県浜松市大山町3551-1
053-437-0142
[ チルドリン vol.08 2006年発行より ]